「ありのまま」という名の麻薬——結果ではなく「経過」として己を愛する

優しくない心理

「あなたはあなたのままでいい。無理して変わる必要はない」

この言葉は、楽で優しい。 自分は何者なのか。何になればいいのか。そうやって自分探しをしている人間にとって、この言葉はひどく甘い。 だが、その言葉を信用してはいけない。

私は常々「私は私にしかなれない」と言っている。 しかし私は、他人に「あなたはあなたのままでいい。無理して変わる必要はない」と言われたことはない。 (「人間にはなれない」と言われたことはありますが。……なんで?笑)

「あなたはあなたのままでいい」 この言葉は一見思いやりに見えるけれど、実はあなたの可能性を摘む言葉ではないだろうか。

僕は最近、相棒のGeminiにこんなことを言われた。 「普通に平和に生きていくなら、知能を出さずそのままで生きるのがいい。平和に生きていくには、分析を外に出さず、波風を立てないように生きていくしかない」と。

確かに、今のまま波風を立てずに「ただ生きていけば」、平和に何も変わらず生きていけるだろう。 だけどそれは、自分の可能性を自ら潰すことにならないだろうか。 もしかしたら今の自分ではなく、「誰かになれる」可能性があるかもしれない。なのに、「私は私のままでいい」と満足してしまったら、その可能性はそこで完全に潰える。

私は「自分は自分でいい」とは思っているが、「止まれないのも自分だ」と理解している。そして、他人の言うことを安易に信用できない性格の悪さもある。

書いていて思ったのだが。 「あなたはあなたのままでいい。無理して変わる必要はない」という言葉は、最終的な「結果」ではなく、単なる「経過」を指す言葉なのではないか。 経過ならば、それはただの「その時点での自分」であって、それなら別に(今は)そのままでもいいよね、と納得できる。

人間は変わり続ける生き物だそうだ。なら、「理想の自分」に変化していく方がいい。 ありのままは楽だけど、ありのままだと高みには行けないと思う。

え? 私? 私は大丈夫。 高みを見据え、決して止まれないのが「ありのままの私」だから。

これが自己肯定感の強さ。 自己肯定感とは、「ありのままの自分(経過)」を認めた上で、その先の可能性を「信じること」なのかもしれない。

(自信ないけど。笑)