現場という名の泥水──「優しさ」という優柔不断は、いずれ自らの首を絞める縄となる

ビジネス

 経営者は、会社を救うこともあれば、静かに殺すこともある。

 現場の泥を知らず安全圏に逃げる者、逆に人情に飲まれて判断を誤る者──どちらも企業を弱らせる。

 経営の本質は「情報を集め、冷酷に決断すること」。優しさという名の優柔不断は、いずれ自らの首を絞める縄となる。これは、現代の経営者が直面する冷酷な現実の物語である。

現場という名の泥水──「優しさ」という優柔不断は、いずれ自らの首を絞める縄となる

 経営者という存在は、つくづく不思議な生き物だ。 零細企業であれ、大企業であれ、外部から天下ってきた経営者──特にメガバンク出身者──には、どうしても「現場を知らない危うさ」がつきまとう。

 経営とは、大学で学ぶ経済学とはまったく別物である。 私が以前、市の経営教室に通ったときも、そこで語られる「経営論」と、実際の現場で起きていることの乖離に驚いた。

経営の本質は「情報を集めること」である

情報こそが経営の武器

 経営の基本は、突き詰めれば 「情報を集めること」 に尽きる。

  • 人脈
  • 業界の動向
  • 顧客の声
  • 自社の内情
  • 経理データ

 この膨大な情報の束をさばき、判断し、責任を負う──それが経営者の仕事だ。

現場の泥を知らない経営者は、会社を傾ける

メガバンク出身者が陥る「安全圏の罠」

 ある世界No.1の機械メーカーに、メガバンクから社長がやってきた。 彼は現場の泥で靴が汚れることを極端に嫌い、安全な社長室に引きこもった。

 そして暇を持て余したのか、毎日同じ時間に会社内を意味もなく徘徊するだけだった。

最高益から一転、会社は傾き続けた

 その男がCEOに就任してから、会社は傾き続けた。 皮肉にも、彼が来る前年度は会社史上最高益だったにもかかわらず。

 結果どうなったか。

  • 優秀な人材から辞めていく
  • 残るのは「どこにも行けない人間」だけ
  • 経営実務は外部コンサルに丸投げ
  • コンサルは会社から金を吸い上げる
  • 会社はさらに貧困化

 完全な負のループである。

「情報を集めること」を放棄した代償

 このCEOは、最も重要な「情報収集」を放棄し、 豪華な社長室と社用車を“王の特権”だと勘違いした。

 メガバンクの支店長レベルの男が、一国の王を気取って自滅しようとしているのだ。

現場に寄りすぎる経営者もまた、別の危険を抱える

現場主義の落とし穴

 一方で、現場の泥にまみれ、従業員と仲良く働く経営者もいる。 彼らは先ほどの男よりはまだマシだ。 現場に近い分、少なくとも「情報」は集まってくるからだ。

 しかし──

不満の情報に飲まれる危険性

 現場に近すぎるがゆえに、

  • 不満の情報が押し寄せる
  • 人情に振り回される
  • 判断が甘くなる

という危険性がある。

 情報は無視するものではない。 だが、決して感情移入するものでもない。

経営者に必要なのは「冷酷な線引き」である

冷静な俯瞰こそが経営判断

 一緒に飯を食い、一緒に悩みながらも、 判断は極めて冷酷に下す必要がある。

  • できないことはできない
  • できることはできる

 この線引きを、俯瞰した視点で淡々と行うこと。 時に残酷に切り捨てること。

 それが経営者の役割だ。

最終的に判断し、責任を負うのは経営者自身である

 経営コンサルタントの中には、他人には見えないものを見る者もいる。 だが、彼らを入れたとしても、最終的に判断するのは経営者自身だ。 責任を取るのも経営者自身だ。

「優しさ」という名の優柔不断は、いずれ自らの首を絞める縄となる

 目に見える冷酷さを貫くことは、多くの日本人には難しいかもしれない。 それでも、これだけは忘れてはいけない。

「優しさ」という名の優柔不断は、いずれ自らの首を絞める縄となる。

 優しすぎる経営者も、安全圏で働かない経営者も、もう生き残れる時代ではない。

 集めた情報を盤面に並べ、正しく全体を見つめ、 どこに駒を置けば会社を守り、大きくできるか。 感情を排し、盤上を冷静に支配できる者だけが生き残る。

それが、現代という冷酷な時代なのだ。