突然だが、あなたは貧困だろうか。 それとも「持っている人」だろうか。
少し意地悪な質問である。貧困と言えばお金のことが多いが、決してそれだけとは限らない。あなたは何を思い浮かべただろうか。 最近は結果を崇めるあまりに、過程をおろそかにしているのではないだろうか。
現代社会やAIが私たちに提供してくれる最大の価値は、「効率化」「タイムパフォーマンス(タイパ)」「最短距離での正解」だと言う。 しかし、これらはかえって、あなたの魂を貧困に陥れるのではないだろうか。 私がここで言う「貧困」とは、想像する力、過程を泥臭く経験し、自らの思考を磨き上げる機会の喪失である。
私は、とある書家の作品をいくつか所有している。 目の前で作品を創造してくれるその書家は、ひとつの作品を20分もかけずに書き上げてしまう。 だが、その書家の人生は「効率化」や「タイパ」「最短距離での正解」とは完全に正反対のものだ。
悩み苦しみ、途方もない数の紙に墨を叩きつけ、削り出してきた書家の魂。 それは決して、タイパの中から生まれたものではない。 「美しい無駄」や「非合理な愛」に己の命を浪費することの豊かさと恐ろしさ。その果てにあるからこそ、他者の魂を激しく揺さぶるほどの線が、その筆先から生まれてくるのである。
それは、ブランドやビジネスの領域でも同じことが言えるのではないだろうか。 嫌になるほどの試行錯誤。そして、一見無駄に思える深い思考。 それらを経るからこそ、真に「魂を揺さぶる」ビジネスやプロダクトを創り出すことができるのだ。
無駄な時間を省き、失敗を回避し、最速で結果を出すことが「絶対の善」とされている今の時代。 確かに、豊かな生活を送るための物質的なものは揃ったように思える。 だが、昔から言われるように、その代償として心が貧しくなってしまっては本末転倒だ。心の貧しい者に、他者の魂を揺さぶるものなど造れはしない。私はそう考えている。
もう一度問う。 あなたは貧困だろうか。それとも、持っている人だろうか。
AIを使うことでタイパにこだわり、自らの心を「貧困化」させるのではなく、自分の経験と時間をさらに深く膨らませる。 それが、これからの時代における「本物」のAIの使い方だと、私は思うのである。


